日本の裁判所は、外国法だって適用します。ご存知でしたか。まだ法学部の学生だったころに、イスラム法を適用して離婚判決を下した名古屋地裁岡崎支部判決昭和62年12月23日(判例時報1282号143頁)を読んで初めて私は知りました。この事件では、日本人妻からイスラム教徒のパキスタン人夫に対する離婚請求につき、パキスタン国の法律(イスラム法)を適用して離婚が認められました。この判決については手塚和彰『外国人と法 第3版』(有斐閣・2005年)178頁・注1)にも簡潔に取り上げられています。
このような国際離婚の事案(渉外事件といいます)を解決するためには、まず、わが国の裁判所に裁判を行う権限があるのかどうかが問題となります(国際裁判管轄の有無)。次いで、どの国の法律を適用するかが問題となります(準拠法の指定)。国際裁判管轄に関する法律については2010年の民事訴訟法の改正で立法されたところですが、この問題については別の機会に譲り、ここでは準拠法の選択について少しお話ししたいと思います。
日本には「法の適用に関する通則法」(以下では「通則法」と略します)という法律があります。離婚については、「通則法」27条を見れば、どの国の法律を適用すればよいのかがわかるようになっています。「通則法」とは、2006年に「法例」という法律を改正して成立した比較的新しい法律です。先の名古屋地裁岡崎支部の判決では、改正前の「法例」16条を見て、パキスタン国の法律に準拠して、離婚ができるかどうかが判断されました。
改正前の「法例」16条には「離婚ハ其原因タル事実ノ発生シタル時ニ於ケル夫ノ本国法ニ依ル」とありますから、この事件では、夫である被告の本国法すなわちパキスタンの法律によるべきことになります。さらに、パキスタンでは宗教により、身分法が異なります。夫はイスラム教徒でした。そこで、パキスタン国で通用するイスラム法に照らして、離婚の成立について検討がなされたのです。
この点、1939年ムスリム婚姻解消法2条2項には、「イスラーム法に基づいて婚姻した女性は、夫が二年間にわたって妻の扶養を懈怠し、または出来なかった場合には婚姻解消の判決を取得することができる」と規定されていました。名古屋地裁岡崎支部は、夫婦関係破たんの具体的事実をこれにあてはめ、日本人妻の離婚請求には理由があると判断したのです。なお、改正前の「法例」16条は但書で「裁判所ハ其原因タル事実カ日本ノ法律ニ依ルモ離婚ノ原因タルトキニ非サレハ離婚ノ宣告ヲ為スコトヲ得ス」と定めていましたから、裁判所はこの点についても検討を加え、日本の民法770条1項5号所定の婚姻を継続しがたい重大な理由にも該当すると述べています。この判決については、大村芳昭教授によって評釈が書かれています(ジュリスト1048号111頁)。
その後、「通則法」が成立してからも、日本の裁判所においてイスラム法の適用が問題となった事例はいくつかあります。宇都宮家庭裁判所審判平成19年7月20日の養子縁組許可申立事件(家月59巻12号106頁)では、「通則法」42条を適用し、養子縁組を認めないイランのイスラム法を適用することは公序に反し許されないとし、日本法を適用しました。また、東京家庭裁判所審判平成22年7月15日の親権者変更申立事件(家月63巻5号58頁)においても、子の親権者を父から母に変更することを認めないイランのイスラム法の適用を「通則法」42条により排除し、日本法を適用しています。
ここまでお話ししたことは、国際私法という分野で扱う内容です。現に国によっては、同じ国のなかでも宗教により身分関係を律する法律が異なりますから、準拠法選択の結果として、その国に通用するイスラム法が適用されることもあるわけです。ただし、イスラム法適用の結果が、日本における公の秩序を壊すようなおそれがある場合には、例外としてその適用は排除されます。先の二つの審判は、その結果として日本法を適用しました。外国法の適用事例については、また機会がありましたら、ご紹介させていただきたいと思います。
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第3話でお話ししたように、カトリック教会は親の同意のない子どもの秘密婚を有効であると判断しました。ただし、婚姻が有効に成立する要件として、主任司祭と証人が婚姻当事者の合意の交換に立ち会わなければならないとも決めたのです(タムエトシ令)。
しかし、すでにフランス国王は立法で親の同意のない子どもの婚姻には相続廃除という罰則を科していましたから、この玉虫色のカノン法はフランス王国では受け入れられませんでした。
こうして、フランスではカノン法から離れて少しずつ王国の婚姻法が整備されていくことになります。まず、アンリ三世によって1579年5月「ブロワの王令」のなかに婚姻にかんするいくつかの具体的な規定が置かれました。ここでは、人の出生・婚姻・死亡について記録していた教会の教区簿冊を国王裁判所へ運ぶよう命じた181条に着目してみましょう。
(181条)しばしば人の出生、婚姻、死、埋葬にかかわる裁判で行われざるを得ない証人による証明を避けるため、余の裁判所書記長に対し、自らの裁判所の管轄の主任司祭またはその助任司祭を毎年ごとに追及し、その年に行われた彼らの小教区の洗礼、婚姻、埋葬の登録簿を毎年年末後の二ヶ月以内に運ぶことを命じる。
これより40年前にフランソワ一世によって出された1539年8月「ヴィレール・コトレの王令」では、洗礼と埋葬についてだけ定められていましたから、ブロワの王令ではこれが婚姻にまで広げられたことになります。それまで訴訟では、身分関係の証明を証人による証言に頼らないといけないということもしばしばだったのですが、国王裁判所にカトリック教会の洗礼・婚姻・死亡の登録簿を備えることによって、書面による証拠が証人による証言にとって代わることになります。
もっとも、カトリック教会が教区簿冊をそのまま国王裁判所に渡すことは考えられませんから、副本(写し)を作成したり、国王裁判所に運ぶ費用はどっちが負担すべきかといった王令を運用する上での議論はつづいていくことになります。こうして、フランスではカトリック教会の教区簿冊の副本が国王裁判所に備えつけられることになり、国王裁判所において相続や婚姻の有効性を争う事件ではこれが証拠として使われるようになります。これを民事身分の登録簿といいます。
その後、王国の婚姻にかんする法律は、ルイ一三世の1639年11月26日国王宣言のなかにまとめられることになります。そして、秘密婚については新たな罰則が加わりました。すなわち、秘密婚をした夫婦とそこから生まれた子どもについて、「内縁関係の恥辱の影響を強く受け、その子孫に至るまで、相続における無能力者である」ことが宣言されたため(5条)、それまで秘密婚をした子どもだけが負っていた相続廃除のペナルティについて彼らの子々孫々にまでおよぶとされたのです。
第2話でお話ししたように、もともとは親の同意のない秘密婚をした子どもについて、アンリ二世の1556年2月「秘密婚に対抗するための勅令」は親からの相続権を廃除する規定を置いていました。それに加えて、1639年の国王宣言は秘密婚をした夫婦から生まれた子どもに対しても、夫婦が残した遺産を受け取れないようにしたのです。この規定は、後にプロテスタントの婚姻から生まれた子どもの相続権をめぐる訴訟においてその濫用が問題となります。
さらに、1639年の国王宣言では、婚姻の証明について世俗の裁判官に対しても、教会の裁判官に対しても、書面以外の方法で婚姻の約束の証拠を受け取ることが禁じられました(7条)。つまり、ルイ一三世は教会裁判所では教区簿冊、国王裁判所では民事身分の登録簿のような書証でなければ、婚姻という身分関係の証拠としては不十分であるとの判断を示したのです。
しかしながら、17世紀の後半においてもまだ、婚姻の登録簿が存在しない何らかの事情がある場合には、夫婦の身分を占有しているとの証言で婚姻を立証することがまだ可能だったようです。では次回は、この夫婦による身分占有によって婚姻の存在を認めた当時の判例を見てみることにしましょう。
【写真】リュクサンブール公園とチューリップ
ルイ一三世の母であるマリー・ド・メディシスによって17世紀初頭に建造されたリュクサンブール宮殿には、以前お話しした通り議会上院である元老院(セナ)が現在置かれています。ルイ一三世の父は、フランスの宗教戦争を終結させたことで知られるナントの勅令で有名なアンリ四世です。一方、ナントの勅令を廃止し、プロテスタントの公的礼拝を禁止したルイ一四世は、ルイ一三世の息子です。
土志田 佳枝(名古屋総合法律事務所事務員)
【論文】
「アンシャン・レジームにおけるプロテスタントの婚姻(一)フランス婚姻法の法制史的研究」名古屋大学法政論集240号(2011年)101-157頁
「アンシャン・レジームにおけるプロテスタントの婚姻(二・完)フランス婚姻法の法制史的研究」名古屋大学法政論集241号(2011年)55-105頁
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(個別条項41条)当該宗教の者(プロテスタント)たちによって行われ、そして取り交わされた婚姻の有効性について判断し、婚姻が合法かどうかを決定するためには、当該宗教の者(プロテスタント)が被告ならば、この場合には、国王の裁判官が当該婚姻の事実の裁判権を有する。そして、当該宗教の者(プロテスタント)が原告で、被告がカトリックの場合には、その裁判管轄権は教区裁判官であり、〔カトリック〕教会の裁判官に属する。
まず、原告も被告もカトリックの場合には、婚姻の有効性にかんする判断は、カトリック教会の教区裁判所で行われます。これは条文には書かれていませんが、当時は自明のことであったということができます。
次に、原告がプロテスタントで被告がカトリックの場合には、カトリック教会の教区裁判所で判断されます。反対に、原告がカトリックで被告がプロテスタントの場合には、いったいどの裁判所が判断すべきでしょうか。「ナントの勅令」個別条項41条は、国王の裁判所であると言っています。
前回少しお話ししたように、このころ既に婚姻が秘蹟であるとは考えていなかったプロテスタントたちは、プロテスタント教会の宗務局によって自分たちの婚姻にかんする紛争を受理するため、カトリックのカノン法とは異なる教義を整備していました。
しかし、フランス国王はプロテスタントの宗務局に対し決して婚姻の裁判管轄権を認めませんでした。その後もずっとそうです。すなわち、カトリックの教区裁判所、プロテスタントの宗務局、そして世俗の国王裁判所のいずれが、婚姻に関する紛争を裁くことができるのか。この問題について、個別条項41条はその後の既定路線となる規則をうちたてたのです。
つまり、この条文は世俗国家による婚姻の裁判管轄権の主張です。そして、それを確立していく過程において、国家がプロテスタントの婚姻にたいする裁判管轄権を要求したことは、プロテスタントの婚姻がもはや秘蹟ではなく、民事上の契約であると考えられたがゆえの当然の帰結だったのです。
なお、約百年後、1685年10月に「ナントの勅令」はルイ一四世によって廃止されます。その数年前の1680年、カトリック教会から建言をうけたルイ一四世は、同年11月の勅令によって、プロテスタントとカトリックの婚姻を禁止していました。カトリックとプロテスタントの婚姻をそもそも禁止することで、婚姻の裁判管轄権の抵触問題は封じられようとしたのです。
土志田 佳枝(名古屋総合法律事務所事務員)
【論文】
「アンシャン・レジームにおけるプロテスタントの婚姻(一)フランス婚姻法の法制史的研究」名古屋大学法政論集240号(2011年)101-157頁
「アンシャン・レジームにおけるプロテスタントの婚姻(二・完)フランス婚姻法の法制史的研究」名古屋大学法政論集241号(2011年)55-105頁
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(カノン1条)婚姻が真に、本質的に、新約の七つの秘蹟のうちの一つでないと言い、キリストによって制定されたものでなく、教会において人間たちによって発明されたもの、恩恵をもたらさないと言う者は破門となる。
もはや婚姻を秘蹟とは見なさないプロテスタントは、この規定に従えば、カトリック教会から破門を宣言されることになります。しかし、カトリック教会から袂を自ら分かった者たちにカノン1条がどれほどの効果をもったのかは疑問ですし、彼らとしても婚姻をもはや秘蹟であるとは考えない以上、カトリック教会とは別の規範が必要とされたのです。問題は次の規定です。
(カノン12条)教会の裁判官による婚姻訴訟に配慮しないという者は破門となる。
さきほど、婚姻の秘蹟がかかわる問題については、カトリック教会が専属的な裁判管轄権を持っていたとのべました。しかし、国家としても、プロテスタントとしても、自ら立法を行い、自ら立法したところに従って、婚姻問題を判断する必要性から、カトリック教会の裁判管轄権は少しずつ狭められていくことになります。カノン12条は、こうした世俗国家とプロテスタントの動向から危機感を悟ったカトリック教会からの抗議であると言うことができるでしょう。
前回、秘密婚の話題のなかで修道院に送られた娘のことをお話ししました。結論からすると、トリエント公会議では婚姻は両当事者の「合意ただそれのみ」によって成立するとの原則がつらぬかれ、親の婚姻同意権をカトリック教会は認めませんでした。
しかし、「タムエトシ令」は自由な合意にもとづく秘密婚を認める一方で、主任司祭※と二人または三人の証人の立ち会いを婚姻成立のための要件としたのです。つまり、婚姻の秘蹟の原因として男女の合意は不可欠であるが、その合意の交換に主任司祭と証人が立ち会っていなければ、婚姻は有効に成立したことにはならないとされたのです。
婚姻の証明に関しては、またいずれお話しすることになるでしょう。
※ 主任司祭とは、カトリック教会の教区において信徒指導の責任を負うべき、教区を代表する聖職者の職名。神父というのは司祭に対する呼称です。
【写真】パンテオンの遠景
リュクサンブール公園から遠くにうっすらと見える建物は、フランス革命期以来、国家的霊廟(フランスの偉人たちの墓所)となったパンテオンです。ドレフュス事件で新聞紙上に「われ弾劾す」と題した大統領宛公開書簡(1898年)を発表し、ユダヤ人ドレフュスの擁護に立った作家エミール・ゾラも1908年ここに奉られました。ドレフュスの無罪が確定した2年後のことです。ゾラの代表作には『居酒屋』(1876年)や『ナナ』(1879年)といった女性を主人公にした小説があります。
土志田 佳枝(名古屋総合法律事務所事務員)
【論文】
「アンシャン・レジームにおけるプロテスタントの婚姻(一)フランス婚姻法の法制史的研究」名古屋大学法政論集240号(2011年)101-157頁
「アンシャン・レジームにおけるプロテスタントの婚姻(二・完)フランス婚姻法の法制史的研究」名古屋大学法政論集241号(2011年)55-105頁
弁護士 浅野了一
2012年9月24日に、千葉県で離婚に力を入れている法律事務所が、当事務所が考案しました4ページにわたる離婚相談票をそのままホームページ上で使用していることを知りました。
当事務所の離婚相談票の担当事務員欄、弁護士欄と当事務所をお知りになったきっかけの記入欄が削除されているのみで、他は4ページとも当事務所考案のものがそのまま使われています。
当事務所の離婚相談票は、離婚専門サイト開設時の2010年7月から考案を重ねて、2010年9月3日から現在の離婚相談票を使用しています。
ところで、当事務所考案の4ページにわたる離婚相談票は、他の弁護士・法律事務所では人気がありません。その理由は夫婦の学歴・職歴・家族構成などの生育歴、収入、財産状況を含む生活状況についてこれほど詳細に記入して事前にFAXまたはメールで送付してもらうことを相談の実施要件にすると、お客さまが嫌がって相談に来ないのではと危惧しているからとのことです。そして、私が知る限り、弁護士・法律事務所が多く使用しているのは、東京の某法律事務所が考案したA4版1枚の「法律相談票(離婚)」です。
私は、千葉県の離婚事件の経験豊富な弁護士が、このA4版1枚の相談票ではなく、4枚にわたる名古屋総合法律事務所考案の離婚相談票を使われたことを大変喜ばしく思っております。
そして、弁護士という仕事を懸命に追求して身につけた考え方、
「10を聞いても1しか使えない。だか10使える。」
「4枚の詳細な相談票を事前に送付してもらうことにより、他の弁護士・法律事務所では
2回相談する時間・費用を、当事務所は、
1回で済ませ、かつより充実したものにする。」
「時間・費用いずれも相談者に
損をさせない。」
という私の基本的考え方と共通しているものがあると思いました。
【ご相談予約専門ダイヤル】
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より良いサービスのご提供のため、離婚相談の取扱案件の対応エリアを、下記の地域に限らせて頂きます。
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